構想メモ・背景(ひらく)
個人として考えてきたこと
私は学生時代から、「面白いアーティスト/クリエイターが、個性を削られることなく、むしろ尖らせたまま活動し続けられる条件は何か」を考えてきました。 それは理想論というより、そうであってくれた方が、私自身が生きやすく、楽しくいられるからです。 自分自身が楽しむことは、必ずやまわりまわって周囲を豊かにすると考えています。
店舗運営、公共空間での企画、アートセンター運営、イベントやワークショップ、広報や採用など。 取り組んできたことは一見ばらばらに見えるかもしれません。 けれど私の中では、文化芸術が社会と接続し続けるための環境をつくる、という一点でつながっています。 ここで言う環境とは、立地や人だけでなく、変化の途中にある状態が、消費されずに続いていくための条件 (ルール/態度/運用)も含みます。
なぜゲストハウスなのか
現在計画しているのは、アートセンター型のゲストハウス/まち宿です。 ただし、宿泊業を成立させること自体がゴールではありません。 宿泊は「定住」や「囲い込み」ではなく、外からの流入と回遊を生む仕組みとして採用します。
拠点を持つことのリスクのひとつは、情報も利益も内側だけで循環し、 いつも同じ人に固定され、関係が閉じて停滞することです。 その状態が続くと、新しい接続が起きにくくなり、文化芸術も弱っていく。 だからこの構想では、流動性を前提として設計します。
もうひとつ、宿という形式を選ぶ理由があります。 制作や文化活動を「生活」に接続し直すためです。 芸術など非産業的な文化活動は、生活と切り離された瞬間に継続が難しくなると考えています。 宿泊は、制作や思考に必要な「途中の時間」を、生活のスケールで確保するための運用手段です。
この拠点は、宿であると同時に「地域のフロント」でもあります。 公的な案内所では得られない、個人の実感や小さな文化の層に触れられる場所。 土地の「いま」を、消費される情報としてではなく、 生活の気配として受け取れる入口として成立させたい。
なぜ図鑑なのか
社会と芸術のあいだには、同じ言葉でも別の前提が流れていることがあります。 問題は、その違いを理解で終わらせることではなく、行き来できる形にして残すことです。 この構想では、接続をそれぞれの善意に委ねるのではなく、 手順と形式として設計することを重視しています。
この拠点は、地域のフロントとして機能する必要があります。 そのために、まずはこの土地にいるクリエイター/アーティストの活動を 「図鑑」として残します。
図鑑は、クリエイターやアーティストを“メディア的に紹介する”ものではありません。 発信しないという意味ではなく、消費を促す形式に回収したり、 意図的に物語化して編集したりしない、という意味です。
ここでの編集は、現状を尊重し、 当事者が手の届く範囲/当事者の意思のもとで更新できる範囲にとどめます。 盛るための編集ではなく、 存在を見える形にするための最小限の整理として扱います。
「この地域にはこういう人がいる」という情報を、リストとして可視化すること。 見えていないものは、ないものとして扱われやすい。 何もないと感じられてしまう地域に、 面白い人/活動が確かに存在することを可視化する。 その可視化自体に価値があると考えています。